内地と比べ北海道の歴史は浅く十勝の語られざる歴史 もしくは 埋もれてしまった歴史を紹介していきます。資料など不確かなところもありますが、主観を交えて新たな視点で掘り起こして紹介をしていきます。
順次、テーマに沿って追加していきますので、お楽しみに。
の当然「キリマンジャロは一九七一〇フィートの高さの雪をいただいた山で、アフリカで最も高い山といわれている。その西の峰はマサイ族の言葉で『神の家(ンガジェ・ンガイ)』と呼ばれている。その西の峰の近くに、乾ききって凍りついた一頭のヒョウの死骸がある。そのヒョウが、なぜそんな高いところまで登ったのか、だれも知らない。」
白雲岳の山頂付近 標高2100mにある、縄文遺跡。ここは縄文後期約3000年前の遺跡てす。彼らは、ここに何をしにやって来たのか 獲物を負ってやって来たと考えがちですが、彼らの効率を考えたら、ここにいる獲物はせいぜい熊、クマは夏山に登るといいますが、シカなどはいない。さらに取った獲物の運搬などを考慮すると生活拠点の周辺ということになります。このように考えると獲物を追ってやって来た説はどうも弱い。では、交易のルート説、ここからは。現在の東川町を経て上川 トムラウシ温泉を経て十勝 さらに層雲峡を経て網走北見へ行ける場所にあります。同時にその地域からもここへやってくることができる。白滝遺跡の黒曜石を携えてやって来ることは当然想像できます。確かに交易の拠点としては良いが、どうして平地の川に沿って移動しなかったという基本的な疑問が残ります。では、山岳信仰的な祭祀場としてはどうだったのでしょうか。残念ながらストーンサークルのようなものは現在、見つかっておりません。しかし、この地点を現在のPCのシュミレーションで解析してみると、なかなか面白い地点です。地形からは周辺の山々と比べ、南に面している。平地である。ことが分かります。春分秋分点を考慮し季節的に可能な秋分の日の、日の出と日の入りを計算すると、この地点は東の小泉岳からの日の出 西の白雲岳の日の入りまで、一日太陽を追っていける地点です。昼と夜が拮抗するその時、秋の真っ赤に染まった紅葉の季節、オホーツク 旭川 十勝から集まった縄文人が、ここで出会い交易と信仰を確かめたと想像すると、古代の人々の息遣いが伝わった来ます。
白雲岳と小泉岳
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